にほんごではなそ

豊かな日本語表現を獲得することを目的としたブログ/最近はSnow Man多めです

ALI PROJECTと私の話

こんにちは、ささめ丸です。

先日、アリプロの新曲(時空の迷い人)について非常に薄い感想を書いてしまったので、ここらで一つアリプロについて語ろうかなと思います。

語る、と言っても特筆したアリプロ知識もありませんし、あるのは約10年というアリプロの歴史から見ると中途半端な好事家歴・・・・・・。

 

ということで(!?)、ALI PROJECTと私の半生を絡めて振り返ろうかなと思います。

私にとってアリプロは人生の一部だと思っていますので。

アリプロ以外の話題も軽率に出てきます(特に注意喚起するほどのものではないと思いますが一応)。

 

《目次》

 

 

1.出会い編

 まず、出会い編です。正直言ってそこまで長く書くつもりはないので、ここまで細切れにして大丈夫か・・・? という不安もあります。が、突き進みましょう。普通に長くなりました(1万字超え)。以下微かな記憶での記述が続きます。

 私がALI PROJECTに出会ったのは小6の春休みだったと記憶しています。何で出会ったのかと言うと、YouTubeですね。魔人探偵脳噛ネウロの自主制作OPでした。これは多分有名な動画ですよね? ニコニコ裏組曲かなにかでも編曲されていたはずです。その動画で使われていたのが『人生美味礼賛』です。記憶がこちゃこちゃになっていて混乱しているのですが、ネウロにハマったのはもう少し後のような・・・? でも中1の夏休みにはどっぷりアリプロにハマっていた記憶があるので、小6の春休みに出会ったのは多分確かなはずなのです・・・。もしかしたら、これだけ「自主制作OPです!」と断言しているのにも関わらず、そうじゃないかもしれません。

  記憶の混乱につき合わせてしまい申し訳ありませんが、これだけははっきりさせたいと思います。私がALI PROJECTに出会ったのは2009年の春です! そしてどっぷりハマっていったのは2009年の夏です! ということにしておきます!(これは記憶の改竄かもしれない・・・。)

 

 と、以上が偽りの記憶となります。次項「2.最初に買っ(てもらっ)たALI PROJECTのCD『汎新日本主義』(2010)」を書くため、発売日を確認したところ、2010年9月でした。そこから2009年にハマったということになると1年近く何もしていないことになり、おかしいことに気づきました。今まで『汎新日本主義』の発売は2009年だと思い込んでいたのですが、よくよく考えてみると2009年といったらあの『Poison』の年ですものね(パシフィコ横浜行きたかった・・・・・・)。

 また、念のため中学生の時に作ったブログを確認しにいきました。中学生時代のブログなんて見えている地雷原ですが、満身創痍になりながら真実に近づきました。2010年9月中旬のブログにて、「アリプロファン末期になった(要約)」という記述がありました(「末期」というと印象悪いですが、イキった中学生のボキャブラリーなのでお見逃しください・・・・・・)。以上のことから、私がALI PROJECTに出会ったのは2010年の春、どっぷりハマったのは2010年の夏(9月)ということになりました。(これでネウロの動画との整合性もとれたと思われます。)

 いやあ、ここ数ヶ月「ハマったのは12歳と半年ということにしよう。そうすればキリがいいし、25歳の誕生日を越えたら“ALI PROJECTを知らなかった私”よりも“ALI PROJECTと過ごした私”の方が長くなるぞ」と25歳を楽しみにしていたのですが、伸びちゃいました^^; どっぷりハマったのが13歳半だとすると、27歳まで待たなければなりませんね。待ち遠しい・・・・・・。

 

2.最初に買っ(てもらっ)たALI PROJECTのCD『汎新日本主義』(2010)

 さて、『汎新日本主義』です。私、カミングアウトしておくと、本を読む子どもでしたが漢字の読みは雰囲気で読んでいたので“汎”が読めませんでした。というより勝手に“ぼん”と読むと思い込んで「あれ?変換できない・・・、常用漢字じゃないのかな?」などと思っておりました。なぜこんなに鮮明に覚えているかというと、父親に通販でねだるときに「この漢字パソコンで出てこない」と言って恥をかいた記憶があるからです(別に父親に馬鹿にされた訳じゃないですよ^^; 勝手に恥ずかしい思いをしただけです^^;)。

  この時代はまだCDプレイヤーで聞いていましたね。iPod持ってなかったのかしら。『平成日本残酷物語』は大好きな曲です。それぞれのシングル・アルバムに大好きな曲ってありますけど、最初に聞いた『人生美味礼賛』と最初に買ったアルバムに入っていた『平成日本残酷物語』は格別ですよね。(私の中の)原点に回帰する感じがあります。汎新日本主義のツアーDVDももちろん買(ってもら)いましたとも。

 以降も私の親のすねかじり具合が垣間見えるというよりも丸見え展開です。私はいつになったら自費でCDを買うのか。Amazonのアカウントを取得したのは大学3年生の頃だぞ・・・・・・? いや、でもさすがに高校生くらいになったら自費で購入してるでしょ・・・・・・? 自分で自分が信じられません。信じられるのは実店舗やライブ会場で購入したCD群のみですね。それがどれかは分かりませんけど!

 

3.過去作を買いあさるの巻

 『汎新日本主義』以降は順次発売したシングル・アルバム・ツアーDVDを従順に購入していってますね。何故かアリプロ2枚目が『Wish』(1996)です。なぜなんだ私。と不思議に思いましたが、なにやら思い出してきました。たしか(懐かしの)アンサイクロペディアで黒アリに慣れた人間に白アリを聞かせるともがき苦しむ的な記述があって、それを見て『Wish』が欲しくなったんだと思います。多分。これも記憶の改竄かもしれませんが、人間の脳みそなんてそんなもんです。

 『汎新日本主義』の次は『QUEENDOM』(2011)の発売ですね。その次は『Les Papillons』(2011)。ここにきてベストアルバムとストリングスアルバムが続いたのは幸運だったかもしれませんね。この間に購入した過去のCDは『Grand Finale』(2007)でした。これは確実にアリプロTOP10に入るアルバムだと思います(とは言え大好きなALI PROJECT内で順位付けはあまりしたくないのが本心です。なので濁します)。

 『Les Papillons』から『私の薔薇を喰みなさい』(2013)まで、新しく発売されるCDの間に過去作を3~5枚ずつは購入していたようです。その後はもう購入できるCDも限られてきてしまったようで、たまに2000年代初頭までの作品を買うのみとなっていました。でもまだまだ手に入っていないCD(ついでに映像作品も!)はあるので、根気よく集めていきたいなと思います。

 

4.初めてのコンサート参加、そして勇侠会入会

 初めてのコンサート参加は『ALI PROJECT TOUR 2012 真偽贋作博覧会』ですね。なぜかこの時の半券がなくて少しショックです・・・・・・。まだ勇侠会会員ではなかったので普通のチケットだったと思いますが、残念・・・・・・。この時は親同伴です。そして確か次のコンサート『快恠奇奇 Ventennale ~ Single Collection LIVE』も親同伴だったような・・・? どうでもいいですけど、この日(渋谷公会堂公演)誕生日だったんですね。さらにどうでも良いことを思い出すと、私集中力がなくて、どれだけ大好きなアリプロのコンサートでも不意に別のこと(宿題とか?)を思い出すとそっちに気をとられてしまって自分の集中力と格闘していた思い出があります。正直に白状するとコンサートはDVDになるものだという思い込みもありましたけど・・・・・・。それでDVDにならなかったので苦い思い出・・・・・・。

 私の中で既に懐かしい思い出になってしまっているのですが、昔(?)はファンクラブとオフィシャルサイトは別物でしたね。いつから統合されたのか忘れてしまいましたが、真偽贋作博覧会はオフィシャルサイト先行受付で申し込みをしたような記憶があります(FC先行→オフィシャルサイト先行→一般販売だったような?)。そして快恠奇奇は最初は行く気なかったと思うんです。でも行きたくなって何かしらの手段でチケットを手に入れたような気がします。

 さて、いつ勇侠会に入会したのでしょうか? 2013年です。そうです『ALI PROJECT TOUR 2013 令嬢薔薇図鑑顧客閲覧会』からチケットがファンクラブ様式になっているのです! 嬉しい。その後もコンスタントにコンサートには参加できています(受験期や実習が被った日を除けば!!!)。今後もそのように続いていけばよいなと思います。また、重い腰を上げて所謂遠征というものにも挑戦してみようか?と思ったりもします。いや、こんなこと言ってますけど結局東京一択ですね。今年も何かしらの公演があって参加できますように。

 

5.園遊会

 私が始めて参加した園遊会は『Dilettantesの秘かな愉しみ~25年目のA級忘年園遊会』(2017)です。結構最近ですね。今まで(主にチケット価格を理由として)手が出せないでいた園遊会ですが、「何でもっと早く参加しなかったなんだ!!!」と後悔先に立たずでした。これ以降は毎回参加しています(毎回1公演のみですが・・・)。

 また、昨年の屋形船イベントは私史上最高にALI PROJECT(とサポートメンバー)の皆さんにお近づきになれて、やばかったです。元々メンバーによるデザートサーブもありましたが、ハイタッチで0距離を更新してしまいました・・・。これ以上は何もないです・・・。ただ、酔っていたのか元々の間抜けが原因か、ハイタッチのことすっかり忘れてスッと帰りそうになったのは今でもヒヤリとする思い出ですね。「何でこんなに列進まないんだろう? こっちから帰っちゃおう」なんて考えた馬鹿は私です。結局思い出してハイタッチできたのは良かったです・・・。私がもう少し馬鹿だったら一生後悔するところでした。

 ※始めて参加した勇侠会限定イベントは『A級戒厳令 ~従わざるもの喰うべからず 勇侠会限定 Pre Tour Live』です。チケット半券確認してたらA級戒厳令2公演参加したのかと思ってビックリしました。高速の入口みたいな道が上にあって、通行人が上からゴスロリ軍団をものめずらしそうに見ていたのを覚えています(※端的に“ゴスロリ集団”とまとめていますがもちろん甘ロリもクラロリもロリじゃない人々もいました)。

 

6.新参者として(落第好事家として)

 私がALI PROJECTを好きになったときには既に蟻プロジェクトとして25年、インディーズデビューから22年、メジャーデビューから18年・・・。くらくらしてきました。その分、蒐集癖のある私にとってはとても楽しい人生を送らせていただいてます。集めるの、楽しい! ただ、あまりにも歴史が深すぎて、私が知りもしないALI PROJECT蟻プロジェクト)がまだまだまだ!残されているんだろうなと思い、わくわくしつつも恐ろしい思いもあります。私みたいな若造に、というよりも年齢の問題ではありませんが、全てを理解することは無理でしょう(おこがましい・・・)。でも、少しでも多くのALI PROJECTを見届けたいと思います。

 なんてこと言いつつ、公式アリプロ検定(園遊会のやつです)では及第点を取れなかった落第好事家でございます・・・。曲は何度も何度も聴いて、読み方なども身に染み付いていると自負しているのですが、いかんせんイベントや作品の背景、撮影地などについての理解が薄すぎました・・・。反省はしましたが、改善はされていないのでもう一回公式アリプロ検定がない限りは更生しないだろうなあ・・・と思っております。まあ、あの1回で公式側も「もうやめよう・・・」ってなってるかもしれないと思うと、アリカさん達に悪いことをしたなあ・・・という申し訳ない気持ちでいっぱいです。後悔先に立たず。

 蜜薔薇翠星館なども中高生の頃は読み漁っていたな~と思い出しました。アーカイブ?か何かで本当に昔の、とはいえ2000年代のコンテンツも楽しんでいました。これらの思い出もいつの間にか忘れ去ってしまい、今このブログを書いていて思い出しました。『蜜薔薇翠星館』という名前も思い出せず、グーグル検索でたどり着いたページはほとんど無に等しい勇侠会へのリンクページとなっていました・・・・・・。いつの間に・・・・・・。更新はないにせよ、思春期の子ども達へのメッセージや謹賀新年のごあいさつなど、残っていたはずなんですけどね・・・。こうやって一つ一つ忘れていくのですね。脳内で『亡骸の女』が思い出されます(今聴いているのは『月光オペラの天鵞絨の緞帳は上がり』ですけど^^)。

 

 

 さて、これ以降アリプロとはあまり関係ない話題が続きますが、それについてもアリプロが最初のきっかけだったんだよ・・・! という気持ちで書いています。

 

 

7.ロリィタファッションについて

 私がロリィタファッションに興味を持ったきっかけも、もちろんアリプロでした。中学生当時はゴスロリ、クラロリが特に好きでしたね。と言っても実際に購入し(てもらっ)たのはクラロリでしたが。当時はクラロリでお洒落して出かけるのはアリプロのコンサートくらいでした。親(と姉)にコンサート会場まで着いてきてもらった時には、帰路の電車内にて「汚しそうで恐い」と言われ、「電車が揺れても絶対につかまらないぞ」という強い決意を表明されました。

 また、ロリィタファッションに興味があったにもかかわらず、当時からあまりファッションに興味のない子どもでした。私のお洒落への関心はおしゃれ魔女ラブアンドベリーとともに消えたのです(お洒落への関心は小5~6がピークでした)。なので、まあ“アイタタ・・・”なところもありました。が、まあ中高生なので許して。と思いましたが、高校生にもなれば普通に完璧に可愛いロリィタさんなんてゴロゴロいるので、許されないかもしれない・・・。というか何故今の私が許されるような物言いをしているのだ・・・・・・。

 まあ、何はともあれアリプロに出会ったことで(いわゆる)ゴスロリに出会い、クラロリを嗜むようになったのです(でも自作するのはほぼ“単なる可愛い服”・・・)。

 

 

8.LGBTについて+α

 いわゆるLGBT(今ならLGBT+Qと書くことが多いですね)に関しても、アリプロと出会わなければ中学生時代に関心を持つこともなかったのかなあと思います。いや、BLは当時から好きでしたが、私がBLと出会ったのは小5の時だったはずなので、その頃にLGBTへの関心がなかったってことはやっぱりアリプロの影響なのかしら。

 やはり“ドラァグクイーン”との出会いは衝撃だったんでしょうね。当時読んだ本でお気に入りがあるので唐突に紹介させてください。『真夜中のサクラ』(小林ゆり)です。たまたま地元の図書館で手に取った本なんですが、凄い良かったです。図書館ってこういう運命的な出会いがあるからいいですね。暗い人生を送ってきた女性がドラァグクイーンとそのパフォーマンスに出会って自分を変えていく物語なのですが、子どもながらに主人公の妹(人の足を引っ張るタイプ)の方にシンパシーを感じてしまったのを覚えています。また、アリカさんがブログで紹介していた『ヘルマフロディテの体温』(小島てるみ)も読みました。とても美しい物語群でしたね。装丁も美しい・・・・・・。

(アリカさんの紹介ブログ→陶酔bibliothèque | BLOG|ALI PROJECT OFFICIAL SITE / FC勇侠会

  2冊とも良い思い出です。惜しむらくは私が同じ本を何度も読むことが出来ないタイプの人間だということ。まあ美しい思い出として大切にしておきます^^;

 さて、アリプロとの出会いも人生に多大なる影響を与えていますが、アリロリポンチカのメンバーの中にも私の人生に大きな影響を与えた人物がいます。それはららみぃさんです。女装したドラァグ達が美しいのはもちろんですが、汎新日本主義ツアーのDVDを見て、男装姿のららみぃさんに目を惹かれてしまったのです! そう、神風でミリタリーな衣装にギラギラのメイク、そして坊主頭! 私が青春時代に焦がれ続けた坊主頭はららみぃさんなのです! このブログで私がスキンヘッドにした話はしましたか? おそらくしていないと思うのですが、中2で坊主頭のららみぃさんに出会って以来、坊主頭に焦がれ続け、タイミングを逸し続け、大学2年生の冬にようやく坊主頭(通り越してスキンヘッド)にすることが出来たのです。約6年越しの悲願ですね。これを大きな影響と言わずになんと言おうか。

 さて、高校生になってもLGBT関連の本は読み続けていました。大学生になってそもそも読書量が少なくなってしまったので(これは悲劇)その手の本に手を出すこともなくなってきましたが、色々なものを吸収していく思春期にLGBT的な概念をインプットすることが出来たのは、人生に大きなプラスだったと思います。また、それだけではなく私の人格形成の大部分はALI PROJECTの影響を受けていると思っています。「○○らしさを押し付けないで!」という既存の概念に対する反骨心とか、個としての自分の強さを感じることとか、ここら辺は私のジェンダー感やフェミニズム的感覚を育んでくれました。これからも強い気持ちで“当たり前”に反抗していきたいと思います!

 アリプロだけ、とは言いませんが、やっぱりアリプロの存在は大きいです。

 

9.中学生時代の私とアリプロ

 中学生時代の私はただひたすらにアリプロを聴いていました。昔懐かしのオタクなのでアリプロでイメソン、なんて遊びもしていたかもしれない・・・。

 中学生時代からのお友達でアリプロ好きの友達が一人いるのですが、そのお友達とは頻度は変わりこそすれ、中学時代、高校時代、大学時代、社会人になってからも定期的にカラオケに一緒に行っています。中学時代から通っているカラオケで7時間(昔は8時間でした・・・)フリータイムほぼアリプロ祭りです。大人になるにつれ他の音楽も聞くようになり(中学生時代はアリプロかボカロか、みたいな感じでしたね。あとキャラソン?)、全編ほぼアリプロということはなくなりましたが、当時は二人で6時間アリプロ、後の2時間で他の曲、みたいなこともしていました。今のほうが歌えるアリプロ曲は多いのですが、中学生時代の「アリプロを歌うんだ!」という気概は凄いですね。我ながら感動物です。今は楽に歌える洋楽などに流れている感が強いです・・・。気合入れなおしたいですね!

 

10.高校時代の私とアリプロ

1)Another

 私、オタク(のようなもの)ですけれどアニメはあまり見ていませんでした。もちろんアリプロがOPやらEDを担当しているアニメもそうだったのですが、この時は何か気分がノッていたので1話から最後まで見たのです。もう勅使河原くらいしか登場人物の名前を覚えていませんが・・・。Anotherが放送されていたのは2012年の1月クールでしたので高校入学前ですが(よく考えたら受験期に何を見ているのだ私は)、高校入学後、オリエンテーションの校内案内で図書館を案内された際、「何か借りてってもいいよ」との言葉を真に受け(言葉が悪い)カウンターにあった『Another』を借りた思い出があります。そのお陰で、しばらくして「『Another』借りてたよね?私も好きなの」と声をかけてもらった良い思い出もあります。

 ちなみに、原作にはアニメでは放送できなかったようなグロい展開を期待していたのですが、蓋を開けてみればアニメよりもさっぱりとした死に様で残念に思った記憶があります。(昨日のことのように思い出せて逆に恐い。)

 

2)Eテレの回し者へと変貌/進路決定への影響?

 ある時、YouTubeで『月蝕グランギニョル』をイメージソングにした『ライチ☆光クラブ』の動画を見つけました。そこから、ライチ☆光クラブにプチはまりして、一時期高校で「雷蔵ちゃん雷蔵ちゃん」とうるさかった時期があるのです。その時に友人から「雷蔵って、忍たまかと思った」と言われたことから私の人生は一変します。まず、するするするっと忍たまにハマりました(一推しは竹谷八左衛門です。二推しは白南風丸。どういうことか分かりますね?)。その後、大!天、Rの法則、各曜日の番組、ハートネットTV、今日の健康、おじゃる丸フックブックローピタゴラスイッチ(ミニ)、キッチン戦隊クックルンと視聴時間を延ばしていったのです・・・。

 一時期はベッドに寝転がってハートネットTVを(部屋のテレビで)見ながら寝落ち、翌日4時ごろに目覚めるという健康的なんだかそうじゃないんだか分からない生活サイクルを送っていました。大人になってから振り返ると言いたくなる。早く起きた分勉強しろ(勉強嫌いです^^)。

 そんなこんなで高校でもEテレの素晴らしさを布教していた(つもりはありませんが)ため、とうとう友人をしてEテレの回し者と言わしめるようになったのです。

 ふと思いましたが、アリプロにハマっていなければEテレにハマっていなかったので、ハートネットTVも見ておらず、福祉系の大学へと背中を押されることもなくまた違った人生を歩んでいたのかもしれません(可能性の話ですが)。ま、もともと児童虐待の自伝本(『Itと呼ばれた子』は有名ですよね?)などを読んでいた小学生(5,6年の時)でしたので、福祉系に進む可能性は高かった訳ですが。

 

3)『快恠奇奇』小話

 「1)Another」で登場したお友達ですが、その子もアリプロが好きな子でした。そのため、ある日(高3くらいですよ!)「『快恠奇奇』持ってるんだ。今までの曲いっぱい入ってるんだよね?良かったら貸してくれない?」と言われました。小さい頃から今に至るまで、私は自分の持ち物に対する執着が強いので基本的に人に物は貸したくないんですよね。なので「え、いいけど8,000円くらいするからマジで気をつけてね」と言って(多少貸したくないオーラも出ていたでしょう^^;)、貸すのを阻止しました! ちょっと嫌な奴だったかな~という思い出ですが、まあ8,000円のCDを借りるのもビビリますからね。これでよかったんでしょう(?)。

 

11.大学時代

 ここまで来ると落ち着きますよね。大学1年の時にアベンジャーズにハマったのも大きいです。大学4年間はほぼMCUに捧げたと言っても過言ではない(過言)。ですが、飽きたという訳ではなく、私の人生に馴染んだと言いたいですね(まあちょっぴり惰性を感じないこともないですが・・・・・・)。まあ普段の生活では馴染み過ぎていて特別に感じることも少なくなりましたが、コンスタントに新しいものを発表していただけるので、その時その時に気持ちが昂っている感じですね。大学時代に発表されたオリジナルアルバム(『快楽のススメ』『A級戒厳令』『芸術変態論』)も素晴らしかったですからね。まあ毎回素晴らしいんですけど! さらにはコンサートで前から3列目ほぼ真ん中なんていう良席が当たったり、忘年園遊会では今までになくアリカさんを近くに感じたり、いんがぴょんに手を振ったら反応してもらえてついでにそのツイートにいいねしてもらったり、着実に距離が近くなっていきましたね(社会人になった納涼園遊会ではもう0距離ですけどね!)。これは、まあ私が大学生になったからというよりはアリプロ側から好事家に歩み寄っていただいている訳ですが! 遠い存在なら遠い存在で尊いですが、歩み寄っていただけるなら歩み寄っていただけるで感無量でございます! 偶像崇拝しているようで即物的な好事家です。受身受身・・・。

 

12.これから

 さて、ここが最後ですかね。これからの私とALI PROJECT。まあ今までと変わらず、勇侠会会員でい続け(自動更新なのです^^)、何も考えず発表される作品を享受し、当たり前のようにコンサートを始めとしたイベントに参加していくのでしょう。いや、わざとこういう風に書いてますけど嫌な奴だなこれ。まあ事実なのでいいです。このようなスタンスでアリプロと向き合っていきます。あとライフワークの写り込み。私、会報誌等の写真への写り込みをライフワークにしているのですよ。いや、写り込むために何かをしている訳ではありませんが、自分の写り込んでいる写真を見つけると嬉しいので探してしまうのです(納涼園遊会の集合写真のように確実に写っている写真にはそこまで興味がないのですが・・・)。凄いナルシストっぽいですね。まあ事実なんですけど(2回目)。自分のことが好きで何が悪いの?という強い気持ちもアリプロから学びました^^

(完)

 

 

さて、長い長い自語りが終わりました。

1万字は長いような、でも自分の半生を語るには薄いような、不思議な気持ちです。

ここまでお読みいただいた方は果たしていらっしゃるのでしょうか?

もしお読みいただいているのであれば、普段の6倍くらいの感謝を申し上げます。

お読みいただきありがとうございました!

以上、ささめ丸でした!

 

 

13.オマケ

今までの人生で、逆にALI PROJECTよりも前に出会っていたもの(コンテンツ)は何だろう?と思ったので、いくつか箇条書きにしてみました。

・アニメ(アニメ漬けの子どもでした。土曜朝のあのチャンネルは毒)

・戦隊系、ライダー系(印象に残っているのは響ですね!)

・マンガ(『超少女明日香』は今でも大事なマンガです)

・魔法(小学生の頃から、図書館の魔法図鑑的な本が好きでした。小5(小4?)のハロウィンはその本に載っていた魔法使いのローブを自作して仮装した思い出)

・洋裁(前述の通り、小学生高学年くらいから洋裁、手芸に興味を持ってました。うさこの洋裁工房さん(服のつくり方と型紙USAKOの洋裁工房 | 動画や型紙があるから初めてでも服が作れるよ!)は小学生の頃、お人形の洋服を作ろうとチャレンジした頃からお世話になっています。スチームパンク大百科(現・スチームパンク大百科S)さん(スチームパンク大百科S | スチームパンク工作、ネオヴィクトリアン、シャーロック・ホームズ、19世紀末〜20世紀初頭の風物・文化、コラム、工作のハウツー)は中1くらいでブックカバーの作り方を探していたときに出会いました。今でもたま~に見ています。マダムスチームも憧れますがスチパン方面には行きませんでした)

球体関節人形(ここに来て思い出したのでここで書きますが、これはALI PROJECTに出会った後っぽいですね。特に有名作家さんで誰々が好き!というのはないのですが、黒耀の鏡さん(球体関節人形−黒耀の鏡−)は参考になるし可愛いしで良く訪問していました。あの頃(中学生の頃)は本気で球体関節人形を作ろうと思ってたんですね・・・!)

・BL文化、夢小説文化(こいつらも私の人生の大部分を占めていましたね。私のふるさとの森(検索よけ)がスマホだと読み辛いがためにガラケーを使い続けていましたが、現在使用しているガラケーも何だかんだ言って読みづらいのでそろそろ潮時かと思います・・・。初代ガラケーよ、永遠に!(謎))

大きなものはこれくらいですね。

今までアリプロアリプロ言っていた割にその他の影響も大きいのですが、それはまあ、人生なので^^;

さて、ここらで本当に終わりです。

 

 

《参考》

ALI PROJECT - Wikipedia

・非公式ファンサイト『好事家ネット』ALI PROJECT Dilettante NET

ALI PROJECT OFFICIAL SITE / FC勇侠会

Salon d'ALI PROJECT

・自分の過去のブログ(非公開)

 

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