こんばんは、ささめ丸です。
皆さんはもう「火喰鳥を、喰う」観に行きましたでしょうか?
先日ネタバレなしのふわっとした感想を上げましたので、今回はネタバレありの、感想というよりはもはや二次創作レベルの解釈をしたためていこうと思います。
映画のみ数回鑑賞、原作未読、パンフレット未読、解説等未読のフレッシュな解釈(想像)をご覧にいれます(笑)
(先日のブログ⇒[感想・ネタバレなし]火喰鳥を、喰う - にほんごではなそ)
ということで、画像(や広告)を過ぎればネタバレです。自衛してね🐦

あらすじ
信州のとある村に暮らす久喜雄司と夕里子の夫婦のもとに、謎めいた日記が届く。それは雄司の祖父の兄で、太平洋戦争末期に戦死したとされる久喜貞市の遺品だった。日記には異様なほどの生への執着が記され、最後のページには「ヒクイドリ、クイタイ」という文字がつづられていた。その日を境に、墓石の損壊や祖父の失踪など、雄司と夕里子のまわりで不可解な出来事が起こり始める。2人は夕里子の大学時代の先輩で、怪異現象に造詣が深い北斗総一郎に、不可解な現象の解明を依頼する。しかし、存在しないはずの過去が現実を侵食していき、彼らはやがて驚愕の真相にたどり着くが……。
(映画.comより引用:https://eiga.com/movie/103544/)
登場人物
・久喜雄司(水上恒司)
・久喜夕里子(山下美月)…雄司の妻
・北斗総一郎(宮舘涼太)…超常現象専門家(夕里子の大学時代の先輩)
・瀧田亮(豊田裕大)…夕里子の弟
・久喜信子(麻生祐未)…雄司の母
・久喜保(吉澤健)…雄司の祖父、久喜貞市の弟
・与沢一香(森田望智)…信州タイムスの記者①
・玄田誠(カトウシンスケ)…信州タイムスの記者②
・久喜貞市(小野塚勇人)…手帳の持ち主。ヒクイドリが喰いたい。
・ちあこ(佐伯日菜子)
(公式HPを参考に:映画『火喰鳥を、喰う』公式サイト)
初見の感想
・だてー!!!だてーーー!(某シーンでの内心)
・これってウミガメのスープ映画だったんだ…(「ヒクイドリもヒトも…、喰えば同じ」という台詞の時)
・終了後、後ろの観客が「最後『君の名は』みたいになってたね~」という感想を仰っていたのですが、そこでふと「絶対に手に入れることのできない人生センサー」が動かなかったことに気づきました。ラ・ラ・ランドのラストとか、ドクターストレンジマルチバースオブマッドネスのワンダとか、そういう「絶対に手に入れることのできない人生」的なものに弱いのですが、今回はそうでもなかったようです。まあ1回(別世界で)経験してるしね!
理解力と聞き取り能力、(初見の感想を覚えておく)記憶力の限界というものがありますのでざっくりとこんな感じです(笑)
世界観について(解釈)
作品の世界観について、観た人それぞれで感じ方が違うんじゃないかな~と思います。
ささめ丸的な感じ方を最初にまとめておかないと感想・解釈もより分かりづらくなってしまうのではないかと思うのでまとめておきます。
まず、「我々が生きる現実」と「もう一つの現実」はパラレルワールドではないと思います。パラレルワールドであればそれぞれが存在できるので「生存競争」を行う必要はないからです。
ささめ丸的な解釈でいうと、「我々が生きる現実」のみがただ一つの現実枠で、「もう一つの現実」は別の現実というわけではなく、単なる可能性に過ぎないのではないかと捉えました。「可能性」がなくなった時点(雄司が状況を打開するなど)で「もう一つの現実」は消え去り、「もう一つの現実」が「現実」になった時点で「元の現実(我々が生きる現実)」は消え去ってしまう、そういった状況の生存競争だったのではないかと思います。
その「もう一つの現実」という可能性ですが、久喜貞市の「生きたい」といった思念(執着)と、大学時代から思い続けてきた北斗総一郎の執着が混じりあって生まれたのではないかと考えました。劇中でも天体にたとえた説明がありましたが、ここでもそのように説明できると思います。
久喜貞市の思念の染みついた手帳(籠り)の重力は強いものでしたが、それ単体で現実を捻じ曲げることはできなかった。80年経って、今まで手帳の周辺にいた人間よりも強力な思念(重力)を持った北斗総一郎がお互い(手帳と北斗)の重力が影響し合う距離に偶然近づいてきた。
偶然の接触により、久喜貞市の執着(生きたい)と北斗総一郎の執着(夕里子を自分のものにしたい)が影響し合い、一つの可能性(久喜貞市が生きていた、かつ、北斗と夕里子が結ばれる現実)が生まれたのではないでしょうか。そこで初めて「彼(もう一人の北斗)」が生まれ、北斗に接触した(手帳を北斗に引き合わせた)のではないかと考えました。
劇中のあやふやな世界(「平成20年に保が死んだ/現在保が行方不明が両立している状況」「ニューギニアの生存者が藤村・伊藤⇒藤村・貞市⇒貞市のみとブレている」「久喜貞市が生きているのにあの家に伸子が住んでいるという矛盾した状況(久喜貞市が生きているのであれば伸子はあの家に住んでいないはず)」など)は「可能性」が「現実」の枠に入り込んできている経過で、ささめ丸的には粘土細工をこねくり回しているイメージです。最終的に可能性がただ一つの現実の枠に収まり、新しい現実の形(貞市生存・北斗は夕里子を手に入れる・雄司は別ルートで生きる)に整ったのかなと思います。
世界5分前仮説的な考えで、9月2日の朝に新しい現実がスタートしたのかなと捉えました。
それぞれの夢(解釈)
結構みんな夢を見ていたので、まとめてみたいと思います。
・雄司…劇中で見た通り。80年前のニューギニア。伊藤の立場を借りている。
・夕里子…幼ちあこが登場。現実に幼ちあこが出現したときに怯えていたけど、夢の中で何があったのだろう…?
・亮…若貞市が笑っている。どういう状況なのだろう。
・玄田…内容不明。「俺が殺してやる」といううわ言。
・伸子…描写はないが見ていたのかもしれない。「ちあこ」宛の電話だけでそれほど焦燥感にかられるだろうか?これは完全に想像だけど、父・夫・息子を同時に失う夢か、ちあこと老貞市があの家で暮らす夢でも見ていたのかな…と思う。
・ちあこ…内容不明、一度夢遊病的にトラックに轢かれそうになる。その後幼ちあことして「現実」に出現、干渉(夕里子殺害)。
・老貞市…内容不明。想像では80年前の夢かなと思う。もしかしたら「現実」を俯瞰して見ていたのかもしれない。
「怪異か?罠か?」(解釈)
・どこまでが北斗の仕組んだことか?玄田は何をしたのか?
個人的な解釈ですが、「手帳を玄田に渡した」「現地の人から渡されたと装うように指示した」「『ヒクイドリを喰う、美味なり』と言うように指示した」ことのみが科学的に了解可能な北斗の行為なのではないかと思っています。
超常現象的な行為で言えば、「墓に向かう車内で『手帳はニューギニアから送られていないことになる、しかしここにある(=80年前に貞市が持ち帰った)』ことを雄司らに印象付けたこと」や「墓の前で亮に『ヒクイドリヲ クウ ビミナリ』と正確に復唱させることで、雄司らに再度『貞市は火喰鳥を食べた』ことを印象付けた」というものがあります。(超常現象の)素人考えでは、雄司らに「久喜貞市は死んだ」と書かせたことはちょっとリスキーなのかなと思いましたが、貞市の思念が強いこと、雄司らが北斗を全く信用していない(=書くことの効力も半信半疑)ことから特に問題ないと判断したのでしょうか?
物語の終盤では、(夕里子の影響もあるとは思いますが)雄司もすっかり「思念」的な考え方を受け入れているように見えることから、結構うまくことが運んでいたんじゃないかなと思います。
玄田がしたことは「手帳を北斗から受け取った」「現地の人から受け取ったように装った」「『ヒクイドリを喰う、美味なり』と言った」ことのみかなと思います。また、トリガーを引いた件に関しては、指示があったことで影響されやすくなっていたというのもあるとは思いますが、手帳に染みついた思念の影響が強いと思います。
つまり、指示を遂行するという緊張感もあったとは思いますが、あのうつろな感じは演技ではなく超常現象的な状態だったのだと判断しました。
(10/11追記)
玄田が自白したことについて、すっかり書き忘れていました。
体調が回復した(?)玄田は、与沢記者に「発言を指示されたこと」「メールを削除したこと」「写真を偽装したこと」を自白していましたが、端的に言って発言の指示以外は嘘だと捉えています。
というのも、玄田の心境を考えると、自分にも危害が及んでいる中で怪奇現象を肯定することは恐ろしく、すべて自分が(人間が)やったこととした方が安心できるのではないかと思ったからです。たとえ自分がやってなくてもやったことにした方が現実的に収まるという現実逃避かなと思いました。
(10/11追記おわり)
・事象を振り分ける(怪異か?罠(人為的に引き起こしたもの)か?)
①手帳と北斗の出会い
⇒思念同士の引き合い
②現地の人(マイケルさん)から記者への手帳の引き渡し
⇒メールでやり取り、国際便での送付から、マイケルさんと記者二人が直接話したわけではないのでは?と思いました。帰国後に玄田がマイケルさんを装ってメールのやり取りをし、国際便の送付はマイケルさん以外の誰か(北斗とかでも)によって行われたのではないかと思います。
③マイケルさんとのやり取りのメール、国際便の受領メールの消失
⇒怪異
④貞市の写真
⇒怪異(亮の夢とリンクしているし)
⑤墓石の字削り
⇒怪異。もしも北斗がせっせと字を削っていたらだいぶ面白いけど、思念残りまくりで夕里子が気づかないわけなくない?と思うのでなしで。玄田が指示を受けてやってる可能性もなくはないけど…。お盆だし(え?)、手帳自体は長野にあるし、トリガー引く前から墓石の字を削るくらいなら思念でできたんじゃないかなと思います(笑)
人間の記憶や認識、存在に干渉するよりも無機物に干渉する方が簡単にできるってことなのかなあ…?
北斗関連の事象について考える
北斗は「彼」に何を聞いていたのでしょうか? 「最終的に夕里子が北斗総一郎のものになる」というのは確定だと思うんですよね。で、「彼」は意図的に「雄司と結婚した夕里子(後に死亡)と新しい現実の夕里子(北斗総一郎と結婚する)」、「夕里子を手に入れられていない北斗総一郎(後に死亡)と新しい現実の北斗総一郎(彼)」を分けずに話を進めていたのかなと想像します。
「最終的に(新しい)夕里子が(新しい)僕のものになる」的な説明を受けたのではないでしょうか。
山のシーンで「そうか、こうなるのか」と呟いたとき、(元の)北斗総一郎は自分も生存競争のメンバーであることを自覚したのかなと思います。でもそれだとちょっと間抜けすぎますかね?(北斗にとって)誤った現実を自分ごと消すように仕向けたという台詞を考えると、そもそも最初の方から分かっていたのでしょうか?「仕向けた」内容がいかようにも想像できるので(最初から仕向けた=初対面からあえて喧嘩を売りに行った?山のシーンで気づいたからその後から仕向けた=死んだ夕里子を蒸し焼きにして雄司を暴力に駆り立てた? など)ちょっと解釈が難しいですね。
北斗総一郎は夕里子に執着していて、それでいて望みは「夕里子を手に入れること」ですから、そこはNew北斗とも戦いなさいよ(自分のまま夕里子を手に入れようとしなさいよ)と思わなくもないですが、
①元の北斗総一郎のまま夕里子を手に入れる(⇒不可能/可能性なし)
②新しい北斗総一郎が夕里子を手に入れる(⇒可能性あり)
③北斗総一郎以外が夕里子を手に入れる(⇒現実)
の中で①がベストではあるが、②を消してしまう(新しい北斗総一郎を阻止する)と③が確定してしまうという状況のなかでの苦渋の結論だったのかもしれないと考えるとなんだか悲しいですね。
こういった理解で見たとき、「手に入れられなかった人生センサー」が反応して(元の)北斗総一郎の状況に涙しました。ここまでくると「僕も君も消えるんだぁ……」が悲しく感じますね。
ちあこ関連の事象について考える
この人が一番謎ですよね。でも貞市の思念と北斗総一郎の思念の混ざりあった可能性の世界に生まれた(=現実を改変して生まれた)ということを考えると、なんていうか、人あらざる者って感じが凄いですね! 執着の合いの子のような存在のこの人自身が「存在する」ことへの執着が凄そう。だって可能性のまま消えてしまったら現実では生まれることすらできないことが確定してますからね。嫌いじゃないですよ、この方。
New北斗(無駄に爽やか。なんでやねん)に夢の話をしたとき、トラックに轢かれそうになったのは…と言っていて「雄司が戦っていたのは貞市ではなくちあこなのかもしれない」と思いました。まあ貞市も無我夢中で戦っていたかもしれませんが、ちあこは明確に現実同士(現実と可能性同士)の生存競争を自覚して戦っていたのでは?と考えてしまいます。
北斗に対して墓の話しかしませんでしたけど、その後の家に侵入したときの話や山中での話はしなかったですけど(隣にNew北斗いたけどね!?)は無意識だったのでしょうか、あえて話さなかったのでしょうか? もう自分の誕生が確定したから「可能性に過ぎない存在」になった元・現実のことはそこまで深堀する必要はないと思ったのでしょうか? New夕里子に驚いていたのは殺した自覚があるからだと思うんですけどね…。
ちあこの家族についても思いを馳せました。「おじいちゃん」呼びは孫が存在しないとしないと思うので、多分子ども(貞市の孫)はいるのでしょう。ただ、その人が今も生きているかは分かりませんが…。もしかしたら、夫・子どもは亡くしたことになっているのかな?という想像もできます。画面に仏壇でも写ればいいですが、そんな都合よいことはないでしょう。でも次見るときに探してみます。
でも、ちあこと北斗とのつながりも謎なので、案外東京に出た子どもに悪夢を見ることを相談して、その子どもが北斗を(ネットとかで)探し出してちあこに紹介した…という解釈もできますね。でもちあこくらいの年齢なら何とか自分でネットで探せるような気もする。New北斗が計画遂行のためにちあこに営業をかけた(ことになっている)解釈もできるし、そこらへんは些末なこと、としてぐちゃっとしてても別に世界観的にはあり得る…と迷宮入りしました(笑)
貞市関連の事象を考える
・1945年時点では、ただ生きようとしただけ。現実と可能性が混じったり、自分が(本来の日付よりも後まで生き延びてしまって)可能性の段階に進んでいることも自覚できていないのだと思います。藤村を(逆恨みで)殺したのも、伊藤(雄司)に反撃して殺したのも、人を食べたのも戦場での極限状態にあったからと考えれば了解可能です。あと普通にヒクイドリも喰ってる気がする。12月まで生存しなきゃいけないので。
・たまたまヒクイドリを見てしまったがゆえに「生きたい」という望みがより強く、より具体的になってしまったのではないかと思いました(例えば「故国の母の料理が食べたいな…」だと実現可能性は著しく低いですが、「あのヒクイドリを仕留めて喰ってやるぞ」だと(実際の実現可能性は置いておいて)前者に比べて実現可能性がぐっと大きくなる気がしませんか?)。
・ネタバレなしの感想の方で元の現実での死に方に疑問があったけど、よく考えてみれば横たわって動けず見捨てられた後、まだ生きているうちに敵に見つかって撃ち殺されたと考えれば矛盾はないですね!
・老貞市の見ていた「変な夢」は雄司とのニューギニアでのやり取りだったのかもしれないし、元の正しい現実(2025年までの歴史)だったのかもしれませんね!
・「長く生き過ぎた」と言っていますが、ざっと計算しても100歳は超えているはずなので本当にお元気ですね!としか言えない(笑) ちあこが「おじいちゃんとの暮らしは、私が守るから」と言っていましたが、現実世界となったいま、普通に寿命を迎えそうではないですか?
瀧田姉弟関連の事象を考える
おおむねハッピーエンドの中、この姉弟だけはバッドエンドですね。でも生まれないってことは、バッドを感じることもないので、夕里子だけがバッドエンドか。
舞台挨拶で監督が豊田さんに「あの時の亮はどういう状態なんですか?」と聞いて豊田さんも困っていましたが、それこそが答えなんですよね。
あの時(貞市を殺すよう雄司をけしかけた時)大事なのは「亮は生きていない」ということのみだったんです。「夕里子に弟がいない」という現実にするために消されたので、死んだというよりは「生きていない」ということが重要で、死因なんてものはないのです。死因はないので「どうして顔が爛れたような外見なのか?」ということに答えはないし、一目見て「生きているはずがない」という外見であればあの特殊メイクである必要もなかったのです。なんなら足が透けているとかでもよかったと思います(テキトー)。
夕里子は結構苦手なキャラクターでしたね~。最終的に北斗(舘)と結婚するからとかじゃないですよ(笑)
ちょっと劇中で悪い方向に導きすぎだなあと思っただけです(フィクションには必要な役回りですが)。
子どものころから「何か」を感じ取って、「何か」に影響されやすい(同調しやすい)状態だったのかな~と山中のシーンを見て思いました。身近なところでいうと周囲の人の感情(思念)に同調しすぎて「何でお前が泣くん?」みたいな状況になったり、周りの強い感情に寄って行ってしまうので辛くなったり…とかかな?
後はみんなが「気のせい」で済ますような超常現象(不思議な現象)を指摘してしまって、気味悪がられるとか…?
劇中でも、かたくなに「80年前に書かれたと思う」と主張して、そういうとこやぞ!と思ったりなんかしちゃったり(笑) 多分夕里子が主張することによってより「80年前の貞市の生存」が雄司の中に印象づいてしまった面は多分にあると思うんですよ。車内トークでも「でも手帳はここにある(ニューギニアから送られてないはずはない)」というかたくなさが「そう、手帳はここにある(80年前に貞市が持ち帰った)」という印象づけに利用されてしまいますしね。
でも「何か」を感じ取れるだけで「何か」と上手に付き合ったり有効活用できるような人じゃなかっただけですね。夕里子はかわいそうな人ですね。
世界観・整理(解釈)
ここで、ささめ丸的解釈の世界観タイムラインを作成してみたいと思います。

「火喰鳥を、喰う」ささめ丸的世界観解釈
「元の現実」があり、手帳(貞市)と北斗の重力的揺らぎによって「あたらしい可能性(と、ちあこ)」が生まれました。映画を通して「元の現実」と「あたらしい可能性」の生存競争が行われ、最終的に「あたらしい可能性」が勝利、その時点で「貞市の生存」と「北斗が夕里子を手に入れること」が確定し、現実のものとなりました。
貞市視点では変更は1945年。貞市生存に必要なのは藤村、伊藤の死(食つなぐため)だけであり、雄司の存在は無関係です。北斗視点では変更は大学時代から(亮の誕生がなくなるところから)。夕里子の独占に絶対的に不都合な弟は存在を消されましたが、夫(雄司)は夫にならなければ関係ない。ということで、二人の現実にとって新しい雄司(天体観測所で働く雄司)は不都合な存在ではないため、生存できたということです。
新しい世界では新しい雄司はそこそこ幸せそうなので、父親の死亡、祖父と自分の生還は特に変更なかったんじゃないかなと思います。また、もともと住んでいた家には住めない(祖父が長男ではないため)ので、松本市内のどこかに暮らしているんでしょう。その場合伸子とちあこの関係はどうなんでしょうね。このいとこたち。ゾクゾクします。
以上が、ささめ丸の解釈した世界観でした。
(10/11追記)
この感想文を書いた翌日、つまり10/10も再度鑑賞したのですが、感想文を書いたことで意識が向いたのか、ちあこの「近しい人のような感じがして…、誰なんだろう」という発言を無視していたことに気づきました。
いとこ(伸子)の子ども(「従甥じゅうせい/いとこおい」と言うらしいですね!初知り!)を知らんわけがないだろうとは思うのですが、これはちあこのすっとぼけなのか、何なのか…。謎が深まります。
(10/11追記おわり)
if(もしも)のルートを考える(想像)
if①「あの場ですぐに手帳を燃やしていたら?」
これはトラックに轢かれかけて北斗に送ってもらった時のことです。
この時に手帳を燃やしていたら、新しい異変(現実への可能性の侵入)は起こりませんが、平成20年の保死亡、亮の消失(生まれなかったことに)が確定したのかもしれませんね。
if②「最後の夜に手帳を燃やしていたら?」
この時に手帳を燃やしていたら、平成20年の保死亡、亮の消失に加え、夕里子の死亡、北斗の死亡が確定していたのかもしれません。
この時には平成20年の雄司死亡も混入していたので、もしかしたらではありますが、雄司は死と生の狭間の存在になっていたのかもしれません。お母さん(伸子)は一人で寂しく暮らしているのでしょうね。一番いびつな「現実(元の現実に微妙に可能性が混ざって確定してしまった状態)」になっていたのかもしれません。
if③「貞市にとどめを刺していたら?」
物語の解釈として、80年前最後のシーンで雄司は伊藤(かヒクイドリ)の立場で若貞市に殺された(反撃された)んだと思うんですよね。
なのでその前提で「もし貞市にとどめを刺していたら?」と思うと、最初に北斗が言っていたように、最後に亮が言っていたように、元の世界(現実)に戻れた、すべてはなかったことになったのではないかと思います。
雄司視点では「貞市の手帳が見つかった」という連絡が来る前に戻るということですね。貞市視点ではニューギニアでの死亡が確定、北斗視点では夕里子のいない日常が確定、という感じ。
またニューギニアで手帳と北斗が引き合う、なんてループに入りそうな感じもありますが、まあこれは、今回の件で思念を使い尽くした、みたいな解釈で丸く収まりそうですね。
突飛な想像
・カブトムシ
本当に突飛な想像なんですが、あまりにも出てくるカブトムシに「視覚的な面白さ(虫がいっぱいいると気持ち悪い・怖い)」以外の意味を持たせたくて、カブトムシは「ちあこの暗示」なのでは…?なーんて思ったりもしました。
何とかしてあの家に入り込みたいちあこの思念を具現化したものがカブトムシで、カブトムシの1匹1匹は別にちあこじゃないから1匹くらいは踏みつぶされても平気、みたいな。まあそれだと大量のカブトムシが玄関に張り付く前に幼ちあこが室内にいるので矛盾しますが…。
ちあこの悪夢がカブトムシになる悪夢だったら面白いですね(笑)
そうやって無理やり考えると時系列も整います(笑)
疑問点・解釈が難しかった点・ツッコミどころ
・貞市の写真
貞市の分岐はニューギニアだったと捉えているので、それより前に日本で撮った写真に影響があるのは何でだろう…。これも「あやふや」な形での現実への干渉(侵入)だったのかな?若貞市生還の喜びがうっかり時系列的に後ろで発露してしまったのか…?ここは本当に解釈が難しいです。
・亮の年齢(想像・断定に次ぐ断定)
作中の情報で登場人物の年齢を整理すると、雄司は2025年時点で30歳か31歳、夕里子は31歳~33歳になると思います。亮は大学生ということですが、就活のにおいがしないので大1~大2かな?と想定しています。夕里子・亮きょうだいの年齢差は少なくとも11歳くらいあると思うんです。
夕里子に再会後の北斗の「大学時代から変わらない」という発言から、大卒後はそうそうに松本に戻って一切のかかわりは断っていたと思うんです。地元から早々に離れたいであろう夕里子が浪人という選択肢を取るとは思いませんし、キャラクター的にも留年はしないと思うんです(そもそも「自分が行けるレベルの東京の大学」を選んでそう)。なのでストレートに22歳で大学を卒業したとして、その時亮は10歳前後。
そもそも10歳前後の子どもが松本⇔東京間をそんなに行き来するとは思えないので北斗に会う機会もそんなになかったと思うのですが、夏休みとか…?
う~ん、辻褄が合わないと思って書き始めたのですが、なんだか書きながら自己解決しちゃいました?
夏休みに東京見学に来た幼少の亮くんに多大なる悪印象を与えた北斗総一郎で、ファイナルアンサーとします(笑)
どうせ10/10(金)からの入場特典で前日譚?みたいなのが配られますもんね!きちんと読み込もう。
・玄田の夢
この人は何の夢を見ていたんだと思います?「俺が殺してやる」って誰が?誰を?と想像することも難しかったです。
・少女(幼ちあこ)
ちあこが少女の姿で出てくるのって画的な意味以外になにか意味ありますかね?
中年期の女性が出てくるんじゃだめだったのかな?
というか佐伯日菜子さんが何歳くらいか調べたら48歳で、麻生祐未さんが62歳って、演者の年齢とキャラクターの年齢はそこまで一致させる必要はないけど、ちょっと逆なような気がするんですよね! ちあこが50歳前後としたら、貞市さん50歳くらいの時の一人娘なのかしらね!? ちょっとさらに混乱してきました(笑)
・山のシーン
やまびこおもろすぎ。初見から笑ったわ。
・新婚旅行
多分New北斗もNew夕里子も東京暮らしだと思うんですけど(新旧夕里子の服装の違いで松本⇔東京の差を表現してるのかな?と思います)、何でこれから新婚旅行なのに松本におるん?どこ行くん?と脳内ツッコミ祭りでした。
さらに、最後の最後のシーン、New夕里子とNew雄司がすれ違うシーン、夕里子は何をしてたん?やっぱ二人(夕里子と北斗)は長野に住んでるん?と大混乱でした。
ついでに言及しておくと、ラストシーン、夕里子は古い現実のことをぼんやりと(はっきりと?)感じ取っていて、雄司は単に初恋の(決めつけ)先輩だ!となってたらおもろいなと思いました(笑) 多少は雄司も感じ取ってくれているのかな?
・CG
ちょっと残念なのはやっぱりCG。車両火災とか、ガラスを割るシーンとか。
でもいつもアメコミ映画ばっかり見てるから目が肥えてるだけな気はします…。
どちらも「CG!」って感じでしたし、うーん、現実感はなかったかな。
山のシーンでは演者の動作も「ガラスを割った」ようには見えなかったです…。
舘周りの感想アレコレ
・舘が眉毛眉毛言うから注目しちゃいました。ちょっと過剰なところあったよ。山のシーンの「少し違います」のところとか!
・カフェのシーンはあまがみ!と思う箇所もあったけど、生暖かい目で見ます😎
・山のシーンでの「ゆっている意味…」は「いっている意味…」の方がよいのでは???と演出なのか舘なのかに文句言っておきます。ちょっとノイジーです。
・意図的に演者とキャラクターを混同しますが、これは北斗総一郎夢女子不可避(いや、これはどうやっても北斗→→→夕里子が強すぎて夢女子の入り込む隙はないでしょう)(いえ最後には執着の強いものが勝つのです!)(嘘、夢女子はやめておきます)
・スコップでタコ殴りにされるシーンでは初見で「明らかに人体からなってはいけない音がしている!」と怯えましたが、後ろがコンクリのような地面だったのでその音かと安心しました。いや見れば見るほど「これはお鼻の骨が折れた音かもしれない…」と怯えています。
・舘のきれいな鼻筋が! ぴえ
・最終的に北斗総一郎ハッピーエンドにしたのは頑張ってタコ殴りに(オタクが)耐えたで賞かな?とか邪推してしまいましたわ(笑)
まとめ
こんなに素敵な作品に舘を出してくれて、出てくれてありがとうございました!の気持ちでいっぱいです!
今後も原作を読んだりパンフを読んだり、コメンタリー聞いたりして楽しみ尽くしたいと思います😎
また良い作品に巡り合えるとよいなと思います!Good Luck🐦<以上!
(あとがき)
約1.1万字の分量でした…。書くのに1日かかりました(笑)
明日は早いのに図なんて作り始めた時にはもうどうしようかと(笑)
寝ます(23:54)笑😪
お読みいただきありがとうございました!ささめ丸でした!🐦